Diary of a rail fan in Kansai,Japan(Ver.2)

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2008.4/1の旅行記

高校時代の友人2人と僕を合わせて3人で白浜に行くことを3月末に決めました。(その友人は以下、M君とN君と表記する)


僕は始発電車に乗ります。ついこの前の関東信越旅行と同じ始まり方です。しかし、河内国分からは全く違います。今回は河内国分で下車して高井田駅を目指すことにしました。青春18きっぷを出来るだけ有効に使いたいためにこんなルートを取ったのです。但し、乗り換え時間は13分。普通に歩けば15分以上掛かる(信号待ち含む)ので焦ります。河内国分から走る。途中の国豊橋の信号で4分以上待たされるも、何とか高井田で電車に間に合いました。


高井田からは221系の普通に乗って天王寺へ。天王寺の中央改札でM君と待ち合わせ。僕が着いた1分後ぐらいにM君が来ました。暫く天王寺駅ホームの待合室でM君と話をする。紀伊田辺行きの快速が入線する数分前に乗車位置に行こうとしましたが、ホーム上が混雑していたので、だいたいの位置で待つ。電車が入り、扉が開くと、新大阪から乗車してきたN君を見つける。阪和線内では3人とも話に熱中していたので、途中の駅は殆ど覚えていません。和歌山に着いて乗客が一気に減ったのと同時に、天王寺から立っていた僕とM君は座る。


和歌山を出ると乗客が減ったり増えたりしながら、全体的に乗客数が微減していく。車窓からマリーナシティが見えます。和歌山マリーナシティがこんなに海南寄りにあったとは知りませんでした。藤並駅では、特急が藤並駅に停車するようになったことをアピールする看板があったのはいいですが、その看板に描かれた電車はどうみても300系新幹線にしか見えなかったのが面白かったです(そもそも軌間の関係で300系新幹線が藤並駅に来るのは不可能ですが・・・)。ちなみに3人ともセミクロスシートのロング部分に座っていたので、駅名標は満足に撮れませんでした。


御坊に着くと紀州鉄道に乗り換え。3分接続だったので、駅名標の撮影は後回しにして紀州鉄道の車内へ。すぐに発車しました。
レールの繋ぎ目部分を通過する際の振動が並ではないです。
途中、紀伊御坊の引き込み線で古い車両*1を見つけたので、復路で撮ろうと決める。
終点の西御坊に着くと一通り撮影してから、この先にある廃線跡を辿る(というよりこれ以外に何もすることがない)。
前日に小房線の廃線跡を見た影響か、結構跡が残っているような印象を受けました。とはいえ、勝手に自家菜園にしてたり、ドラム缶が置いてあったり、果ては車が駐車してあったり・・・といった状況でした。また、線路上ではないですが付近の道路沿いに不思議な自動販売機が置いてありました。よく見るとコンドー○の自販機であることが分かりました。こんな綺麗なコンドー○の自販機を見たのは初めてだった*2ので、ちょっとビックリしました。
さらに進んで行くと踏切が見えました。踏切警報機が1ヶ所だけほぼ当時のまま残っているのは嬉しかったです。
折り返し列車の時間を心配しながら廃線跡に沿って進む。何とか(旧)日高川駅に到着。

一部の土地が民家になっていたとはいえ、結構跡が残っています。僕等とは別の鉄道マニア2人も探訪に来られたようで西御坊からその2人が先行していましたが、(旧)日高川駅以降の行方は知りません。


折り返し列車の発車までの時間が迫っているので、急いで西御坊駅へ。発車2分前ぐらいに駅に到着しました。
復路ではさっきの古い車両を撮影。御坊に着いて駅名標や駅舎を撮影してから、紀伊田辺行きの車内へ。
更に紀伊田辺で新宮行きの電車に乗り換えて白浜へ。


白浜からはバスで草原の湯に向かいます。何故か白浜駅で草原の湯の入場券を買うと入場料が100円引きになるみたいだったので、そこで買いました。更に謎だったのが、白浜駅前に近鉄特急の宣伝看板があることでした。確かに白浜周辺を走っている明光バス近鉄グループ所属ですが、ここで近鉄電車の宣伝するか?って感じです。
とにかく、バスで草原の湯へ。平日ということもあって閑散としていました(特に食堂)。
ここの風呂は露天風呂が多く、それも山の斜面にあるので、外から丸見えではないかと心配していましたが、そう簡単には外から見えませんでした。
草原の湯の風呂を出るとバスで白浜駅へ。途中のバス停で外国人の方が乗ってきて、N君が英語で適切に応対してました。


白浜駅に着くと、M君とN君はお土産を購入。予定より早い*3電車で紀伊田辺へ。
紀伊田辺では待ち時間が長かったので、駅の裏に行ってみました。特に何もなかったのですが、1件だけ変わった形態の家があったのは興味深かったです。


紀伊田辺から電車で岩代へ。
ここに来たのは海岸で遊ぶためです。N君は石を海に投げたりして、M君は裸足を海に浸けたり石を投げたりして、僕はその辺の風景を撮影したりしてました。


岩代からは普通電車で御坊へ。御坊で和歌山行きの電車に乗り換える。確か、途中の湯浅で特急の通過待ちをしていた時だったと思いますが、何気なしに逆方面の電子案内板を見ると特急が60分遅れとなっていました。

その時は「ふーん、ここから先はずっと複線やし関係ないわ」と軽く流していましたが、これがその後の予定の乱れの序章となっていたのです。


海南の前後あたりで、車掌さんが「今宮駅で事故が発生したため阪和線が遅れております。」みたいな事を放送していました。この時も「どーせ、乗る電車の車両が変わるぐらいやろうから関係ない」と流していました。ただ、近くの席の高校生3人はこの遅延情報のことで騒いでいました。
僕等の乗った電車は定刻通りに和歌山駅に到着。ここから歩いてラーメン屋に向かいました。


ラーメンはかなり美味しかったのです。ただ、このラーメン屋以外に行く場所もない上に、乗る予定の紀州路快速の時間も迫っていたので、直で和歌山駅に行きました。和歌山駅からは紀州路快速に乗る。別に遅れている様子もありません。日根野に着くと、「関空から来る関空快速やったら席が空いているかもしれん」ということで日根野のホームで関空快速を待つ。


この頃から異変に気づく


まず、待っていた関空快速が来ない(この遅れは今宮駅の事故とは無関係と思われる)。
次に、向かい側のホームの電子案内板を見ると、
関空特急はるか
関空特急はるか
関空快速
※この3列車の到着番線は忘れました
と「はるか」が2連続で表示されている。どうやら、「はるか」が遅れていたようでした。
そうこうしているうちに、向かい側の待避線に113系が進入。
さらに構内放送によると、関空/紀州路快速よりも向かい側の113系快速の方が先発とのことでした。僕等3人は急いで113系快速に飛び乗る。
紀州路快速のお客さんはあまり113系快速に乗り換える気がなかったようで、僕等の乗った113系快速は日根野出発時点ではガラガラでした。
僕等3人で「こっちはガラガラで快適やなぁ〜」と言っているうちに遅れは広がる。
しまいには鶴ヶ丘で信号停車してしまいました。
で、鶴ヶ丘の電子案内板を見ると、
通過列車      
通過列車      
通過列車      
となっていました。

これでは鶴ヶ丘駅ホームのお客さんは何時何分に乗ればいいのか分かりません。


鶴ヶ丘を発車しても美章園天王寺側で再停車。さらに関西線への分岐線を過ぎたところでも再々停車。ここで驚愕の瞬間を目の当たりにする。




僕等が日根野まで乗っていた紀州路快速(勿論、関空快速も併結)が関西線への分岐線を渡っていった・・・




つまり、天王寺の手前で快速が(関空/紀州路)快速に抜かれたのです。さらに僕等の乗った113系快速も関西線からの分岐線を塞いでいたようで、分岐線の途中で下りの関空/紀州路快速が止まっていました。その下りの関空/紀州路快速の車内はかなり混雑していたようで、こっちから見れば気の毒でした。


天王寺に着くと3人とも別れる。N君はこの遅れの影響で天王寺関空/紀州路快速に乗れなかったらしく、新今宮でも誤乗しかけたそうです。
僕はというと、その今宮駅の事故の影響をモロに受けた関西線に乗ることになりまして、天王寺発も25分遅れで王寺着も25分遅れ。


何か最近、私が鉄道旅行すると列車にトラブルが起こりますね。特にid:sonshi1507さんと旅行した時は芸備線旅行と三木鉄道旅行以外の全てで列車トラブルが起こってます。
気味が悪いです。




そして、紀州旅行の帰宅後は早速この日記を書いてます。あっ、もう2:00なので寝ます。




1日目終わり(この旅行記終わり)
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*1:紀州鉄道キハ600形のこと

*2:以前に1回だけ、大垣でボロボロのコンドー○自販機を目撃したことがある。

*3:本来の予定は特急で南部に行って追いつくだけだったので、結果的には変わらない。